おなかのはらぺこ日記

好きなものは別腹。

今こそ観てほしい「ETV特集」10選

先日、BuzzFeed Newsにおいて、「NHK『最後の良心』に異常事態 『ETV特集』『ハートネットTV』の制作部署が解体の危機」という見出しで、以下のような報道がされました。

NHK局内での説明によると、検討されている改革案は、6月以降、制作局に8つある「部」を6つの「ユニット」に改めるというもの。

ほかの7つの部が、合併やユニットへの横すべりで事実上存続するのに対し、文化・福祉番組部だけは2つのユニットに分割・吸収される形となる。

今回の組織改編の目的は、縦割りのセクショナリズムを廃し、効率的で柔軟な人材配置を行うこと。

ユニット間であれば人事発令なしにスタッフを異動できるようにすることで、ユニットごとに異なる繁忙期の人員を調整し、働き方改革に対応する狙いがあるという。

70人以上いる文化・福祉番組部のほぼすべての職員が「説明に納得がいかない」として、合同で分割への懸念を表明。制作局長宛に説明と意見交換の場を求める要望書を突きつける、異常事態となっている。

まだこの組織改編は、「改革案」の段階であり、これがもし正式に決定実行されたとしても、番組制作に悪影響を及ぼすと決まったわけでもありません。しかし、NHK職員の方から声を上げたということは、それなりの危機感があることだと推察できます。また、上層部が意図していなかったとしても、結果として末端にいる制作陣が、何らかの圧や不自由さを感じるような状況になることは、できるだけ避けるべきです。

そこで今、いち視聴者として、自分ができることは、現場で番組を作っているスタッフたちに、何らかの形で応援することかなと考えました。

ということで、ここ数年間に放送された「ETV特集」の中から、個人的に好きだった回を10本紹介します。ドキュメンタリーは、あまりNHKオンデマンドに残らないようなので、気になったら再放送をじっくり待ってみてください……案外「ETV特集」は、定期的に過去の人気回を再放送してくれるので。

 

 

シリーズ「移住 50年目の乗船名簿」(全4回)

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NHKドキュメンタリー - ETV特集 移住 50年目の乗船名簿 第1回「アマゾンに生きた人々」

初放送:2018年12月29日(第1回「アマゾンに生きた人々」)

昭和43年、一隻の船で南米各地へと渡った移住者を取材した番組「乗船名簿AR29」。ディレクター相田洋は、移住10年目、20年目、31年目と移住者を訪ね、その暮らしを見つめてきた。そして移住者たちが日本を旅立って50年が経った2018年。人々はどのような人生を歩んだのか。

最近、ネット上でも評判になっていた「移住 50年目の乗船名簿」シリーズ。第1回と第2回はブラジルへの移住者中心に、第3回はアルゼンチンやパラグアイへの移住者、第4回は岩手からパラグアイに移住し、密林の中に「理想郷」を作ろうとした一人の男性とその夢を受け継いだ一族、それぞれを追った記録。50年間という長期取材によって生まれるドキュメンタリーとしての厚みと深さ、重さは、NHKドキュメンタリーの真骨頂。

 

「佐藤さんとサンくん~難民と歩む あかつきの村~」

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NHKドキュメンタリー - ETV特集 アンコール「佐藤さんとサンくん~難民と歩む あかつきの村~」

初放送:2018年11月3日

日本がインドシナ難民を受け入れて40年が過ぎた。私たちは異なる人々とどう向きあってきたのだろうか。群馬県赤城山麓のあかつきの村では、難民と日本人が共同生活を送ってきた。佐藤明子さんが、20年間、向き合ってきたのが心に傷を持つベトナム難民のサンくんだ。慣れない日本での生活の中、人間を信じることが出来なくなったサンくん。佐藤さんと共に歩むことで再び笑顔を見せるまでになった。二人の道のりを見つめる。

昨年、ちょうど国会で、外国人労働者の受け入れ拡大のための出入国管理法改正案が議論されていたタイミングに放送され、より重い意味を持っていた回。簡単に発せられる「外国人労働者を呼び込む」という言葉の裏側に潜む、見過ごされがちな黒い影に、ぐっと迫っていた。

 

「わたしは誰 我是誰~中国残留邦人3世の問いかけ~」

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NHKドキュメンタリー - ETV特集「わたしは誰 我是誰~中国残留邦人3世の問いかけ~」

初放送:2018年9月22日

40年前、日中平和友好条約の締結を機に本格化した中国残留邦人の肉親探し。しかし、帰国後、彼らは日本社会での言葉の壁や差別に苦しんできた。中国残留邦人の3世の多くは、そんな家族の姿を隠して暮らしてきた。だがいま自らのルーツを確かめようと1世、2世の聴き取りを始める若者があらわれた。「我是誰。わたしは何者なのか」と。番組では、「3世の会」の若者の聞き取りに同行、中国残留邦人の40年と今を見つめる。

先の大戦のとき、国策で推奨され満蒙へ移住した中国残留邦人1世、そこで生まれた後、親に連れられ来日した2世と3世。それぞれが抱える、中国と日本との間で揺れ動くアイデンティティを、3世を中心に映したドキュメンタリー。1世が高齢化し、この世を去る人も増えている中で、「戦争は子や孫の世代にも暗い影を落とす」ということを示し、非常に意義深い回だった。

 

「自由はこうして奪われた~治安維持法 10万人の記録~」

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NHKドキュメンタリー - ETV特集 アンコール▽自由はこうして奪われた~治安維持法 10万人の記録~

初放送:2018年8月18日

1925年に制定された当初、主に共産党などの取締りを目的としていた治安維持法。しかし、20年間にわたる施行期間の中で、取締りの対象は、共産党の外郭団体、そして戦争遂行などの国策に妨げとなる人々へと拡大していった。番組では、取締りの実態を記録した司法省や内務省などの公文書の中から、10万人にのぼる検挙者のデータを抽出。なぜ一般の市民まで巻き込まれることになったのか、検証を行った。

全2回のシリーズ「データで読み解く 戦争の時代」の第1回として放送された回。膨大なデータを、淡々と読み解くことで浮かび上がってくるものを、丁寧に番組としてまとめ上げていた。基本的に現存する公文書を軸に構成されていたため、公文書はじめ、あらゆる記録文書を、適切に管理することの意義も再確認できた。同じシリーズの「隠されたトラウマ~精神障害兵士8000人の記録~」*1も見応えがあった。

 

「私は産みたかった~旧優生保護法の下で~」

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NHKドキュメンタリー - ETV特集 アンコール「私は産みたかった~旧優生保護法の下で~」

初放送:2018年7月21日

もしも、16歳に戻れるなら…自分でも知らないうちに子供を産むことができなくなった70代の女性は、悔しさと共に人生を振り返る。“不良な子孫の出生を防止”するため障害者に不妊手術を強制していた旧優生保護法。その数は16000人以上とされる。背景にあったのは、優れた命と劣った命を選別する“優生思想”。戦後日本で、なぜ優生思想は広がったのか。旧優生保護法を契機に、障害者の命をめぐる知られざる歴史に迫る。

優生保護法の被害者による国家賠償訴訟はもちろん、放送の約2年前に起きた津久井やまゆり園殺傷事件とも合わせて、改めて見つめ返す必要のある「負の歴史」を取り上げたドキュメンタリーとして、非常に重い回だった。未だに社会に漂う「優生思想」を見つめる、強制不妊手術を受けた方の言葉が切実。

 

「“悪魔の医師”か“赤ひげ”か」

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NHKドキュメンタリー - ETV特集 アンコール「“悪魔の医師”か“赤ひげ”か」

初放送:2018年7月7日

2006年、宇和島市の万波誠医師が行った手術が大きな波紋を呼んだ。がんなど病気の腎臓の患部を切除して移植する「病気(修復)腎移植」。特殊な医療を独断で行ったと学会やマスコミから「人体実験だ」など猛烈な批判を受けた。一方、患者たちからは移植医療の選択肢として万波医師を支持する切実な声も広がった。“医療のあり方”をめぐり論争を呼んだ騒動のゆくえを、当事者たちの証言とアメリカでの移植の現状を交え描く。

病気腎移植を行っていた万波誠医師本人はもちろん、その腎移植を巡る記事を書いていた週刊誌記者、万波医師を批判した日本移植学会の元副理事長、病気腎移植を支持する生命倫理学者、「病気腎でもいいから移植を受けたい」と語る透析患者など、番組に登場する人々がみんな、ど真ん中の「当事者」たちばかりで、ドキュメンタリーとしての強度や密度が凄まじかった。

 

「静かで、にぎやかな世界~手話で生きる子どもたち~」

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NHKドキュメンタリー - ETV特集 アンコール「静かで、にぎやかな世界~手話で生きる子どもたち~」

初放送:2018年5月26日

子どもたちが目をキラキラさせながら、手話で教科書にある「春のうた」を朗読。声はない。でも“静かな朗読”を見ていると、早春の爽やかな風が頬を撫で、いぬのふぐりのちっちゃな花々が目の前に咲き乱れる。全国のろう学校では長年、聞こえる人が大半の社会に適応することが重視されてきた。しかし明晴学園は“ろう”のまま生きることを大切にする。子どもたちの“静かで、にぎやかな世界”と卒業生が見た社会に“目”を傾ける。

読唇術や発声練習により、健常者と同じように言葉を話せるようにするための「口話教育」ではなく、授業を含めたやり取りを「手話」のみで行う明晴学園。「ろう者」だけの学校で、楽しく過ごす小中学生だけではなく、普通高校への進学を目指す中学生、すでにより広い世界に飛び出し大学生となった卒業生、さまざまな視点によって広がりと奥行きのあるドキュメンタリーになっている。

 

「ラーマのつぶやき~この社会の片隅で~」

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NHKドキュメンタリー - ETV特集「ラーマのつぶやき~この社会の片隅で~」

初放送:2018年4月14日

埼玉県にすむ16歳シリア出身の少女、ラーマさん。カラオケが好きで勉強もがんばる普通の日本の女子高生だ。実はラーマさん一家は、戦乱が続くシリアを逃れ、4年前日本で初めて難民認定された「難民家族」。今、ラーマさんには大きな悩みがある。それは父と母が抱えている、ある問題が原因だった…。番組ではラーマさん本人の自撮り映像も使いながら、今をひたむきに生きる少女の世界を全編ノーナレーションで描いてゆく。

スタッフと家族の距離が近いことに加え、時にはラーマ自身がカメラを回すことで、視聴者が映像の中に入り込んでいるような、不思議な感覚になる。ラーマが発する一つ一つの言葉に、何度もハッとさせられる。上に挙げた「佐藤さんとサンくん~難民と歩む あかつきの村~」の松原翔ディレクターが手掛けていることもあり、日本における難民問題について、また一歩踏み込んだ視点を提供している。

 

「亜由未が教えてくれたこと」

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NHKドキュメンタリー - ETV特集「亜由未が教えてくれたこと」

初放送:2017年7月22日

去年7月26日、相模原市の障害者施設で入所者ら46人が次々と刺され、19人が亡くなった。逮捕された男は「障害者は不幸を作ることしかできない」と言った。NHK青森でディレクターをしている僕の妹・亜由未は、犠牲者と同じ重度の障害者。障害者の家族は不幸じゃないと伝えたくて、妹にカメラを向けることにした。亜由未に対して抱く家族それぞれの思いを、僕は何も知らなかった。介助を通じて向き合った1か月の記録。

津久井やまゆり園殺傷事件から約1年後に放送されたドキュメンタリー。重度の障害者の生活を、家族の視点から映したことで、より視聴者に近い距離のものになっている。また、重度の障害者の兄弟という視点も、今まで浮かび上がってこなかった新しい一面を捉えている。

 

「こんなはずじゃなかった 在宅医療 ベッドからの問いかけ」

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NHKドキュメンタリー - ETV特集「こんなはずじゃなかった 在宅医療 ベッドからの問いかけ」

初放送:2017年4月1日

早川さんは、戦後まもなく京都西陣で診療所づくりに参加。「西陣の路地は病院の廊下や」を合言葉に、病院を出ても安心して暮らせる在宅医療の体制を整え、「畳の上で大往生」を説いてきた。今、その早川さん自らが患者となった。自宅のベッドで一日の大半を過ごしつつ死を見つめた時、語る言葉は「こんなはずじゃなかった」。その言葉にこめた思いは何か?医師や家族、訪問者と、命と医療をめぐる対話を続ける早川さんを見つめる。

まず、「在宅医療・地域医療」を掲げていた医師が、それを受ける患者側となったという題材が、非常に興味深い。在宅医療の当事者として、理想やメリットだけではなく、現実やデメリットにもぶつかった早川さんから発せられる言葉が、ずしりと重い。

 

 

NHKに限らず全てのテレビ局、ひいては日本社会全体が、こういった「文化・福祉番組」を軽視していることは否めません。しかし、公共放送であるNHKにとって、社会から見過ごされてしまう立場の人々に寄り添った「文化・福祉番組」の制作放送こそが存在意義と言っても過言ではありません。

今回挙げた10本のドキュメンタリーで取り上げられているような、「見えていないだけなのに、あるいは見ようとしていないだけなのに、社会にいないことにされている人たち」を取り上げることこそが、ドキュメンタリーが担う役割の一つであり、NHKはそういった良質なドキュメンタリーを、本当に多く制作放送してきたと思います。

これからもNHKには、視聴率や人気といった目先の数字や利益に囚われることなく、長期的かつ独自の目線で良質な番組を、より多く作ってほしいですし、その積み重ねこそが社会における文化的な財産にもなるのではないでしょうか。

 

今回の報道を受けて、何らかの形で現場のスタッフを応援したい!と思った方は、NHKのご意見・お問い合わせフォームというものがあるので、そこからメールや電話をしてみるのもアリだと思います。自分も、今回の件で初めてメールをしました。

 

そして、何よりも「番組を観ること」こそが、現場で奮闘するスタッフたちへの、最大の応援になるのではないでしょうか。「ETV特集」は毎週土曜23時から、再放送は毎週木曜0時(水曜深夜)から放送しています。

そんなこんなで、今日2月16日23時からも、「ETV特集」が放送されます。今回は、東北の名峰・鳥海山のふもとで今も熊狩りを続ける「鳥海マタギ」を追ったという内容からして、すでに濃くて面白いので、気になった方は是非!